コンピューター 「電算機」との出会い
私がコンピューターと出会ったのは今から50年前の1,971年、半世紀も昔の事です。
コンピューター、ちょっと大きすぎじゃネ!
私が高校入学した時、学校が新たに電算部を開設し、1学年の時は必須項目とし週1~2時間授業を受けていた。これが私とコンピューターとの初めての出会いです。
当時コンピューターという物の存在は知っていたが、まだ世間一般に認知度は低く実用性は無く、何より現物を見ることは殆どありえませんでした。そもそも当時、コンピューターの事は「電算機」と読んでいたのでコンピューターという名前すらあまり認知していませんでした。
当時のコンピューター(電算機)はとても持ち運びが出来る代物では無く、当時の教室一部屋を電算機室として使っていた。勿論、生徒一人に一台では無く教室一部屋で電算機一台です。(写真は学校の写真ではありませんが、当時の電算機の写真です。)
電卓より不便なコンピューター
この時代のコンピューターは現在のPCの様な誰でも扱える代物では無く、それ相応の知識が必要でかなり難しく、私は正直言って嫌いでした。
このコンピューターには、Windowsの様なOS(オペレーティング・システム)は無く、コンピュータへの命令語は機械語(1と0を基本としたコンピューターへの命令言語)で当時は確か?コボルとフォートランだったと思いっます。
また、この機械語をコンピューターに伝達する手段として、現在ではキーボード等が使われますが、当時は「紙テープ(パンチテープ)」「パンチカード」が使用され、これがまた訳が分からずチンプンカンプンだったのを覚えています。
今のPCも同じですが、コンピューターは命令を与えなければただの箱でしかありません。たとえ「1+1=」の式から答えを割り出そうとしてもパンチカードや紙テープへの入力作業が必要になってきます。
これらの作業を考えると電卓の方が遥かに楽ですよね。また、コンピューターは高度な処理もこなせますがそれなりの知識や入力処理が必要になってきます。少なくとも私には少しばかり勉強しただけでは全く無理です。
パーソナル・コンピューター登場
1978~1980年頃気が付いたらコンピューターは大きく変化し、一般市民にも手が届く代物へと変わったのです。この前は「マイコン」時代で、自作や実験的な簡単なコンピューターの勉強用の道具としてマニア向けで流行っていた。
おもちゃに毛が生えた位のコンピューター
1981年NECから一般向けに安いコンピューターが売り出され人気を集めていました。
「PC6000シリーズ」の「PC-6001」です。価格は本体が確か89,800円で現在の相場にするとおよそ15万円~17万円位じゃないかと思います。
PC-6001は特にOSは無く、強いて言えば「 N60-BASIC (Microsoft 16K BASIC)」が搭載されており、命令語はベーシックとなっていました。記憶媒体は外付けのカセットテープレコーダーで、FAXの「ピーガガガガガガ」的な音がたのしかったです。
言語はベーシックだったので然程難しくは無かったが、さすが長いプログラミングは出来ないので本等を頼りにしていた。
OSに「MS-DOS」搭載、パーソナル・コンピューター
当時PC-6001の上位機種としてNECからPC-8000シリーズが、1979年に発売されていました。『パソコン』の誕生です。OSにはN-BASICが使われ、8ビットとかなり非力なパソコンでした。
マイクロソフト社のOS「MS-DOS」を搭載した「PC-9800シリーズ」が1982年に発売と成った。
PC-9800シリーズは16ビットマシンとなり、当時としてはグラフィックもそこそこ良くなった。
この頃の記憶媒体は5㌅のフロッピーディスク(発明者:ドクター・中松)で、容量は約1MBです。外付けのハードディスクが付けられますが、当時は5MB~50MB位の容量で高価格な商品となっていました。
この「PC-9800」シリーズからOSに「MS-DOS」を使うことでパソコン界はガラパゴス(鎖国)時代から開国へ変わり、世界へと着目していくきっかけとなった。
この頃、他社メーカーもパソコンへの鎬を削る思いで新商品を出していた。そんな中、1989年に東芝から世界初、CD-ROMを標準搭載された「FM TOWNS」32ビットパソコンが発売され話題になった。
1986年東芝は「ラップトップ(ノートパソコン)」のパソコンの歴史を築いていった。
私が愛用したコンピューター
購入したもの借りて使っていたものとありますが、沢山あるので製品名までは覚えていません。
当時のコンピューターは無茶苦茶高い
当時のパソコンはとにかく高価で低機能、コンピューターを勉強するつもりなら良いが簡単に購入出来る代物ではなかった。性能面で考えると、今のパソコンは当時のパソコンから見たら「スーパーコンピューターに匹敵するのでは?」と思う位であった。
最初は購入を諦め、弟が購入した「PC-6001」を時々借りて、ベーシックを覚えることにしたが借りる時間に限りがあるため集中できず、なかなか覚えることが出来なかった。
仕方なく購入したのが、シャープの「ポケット・コンピューター」(ハンドヘルド・コンピューターとも呼ばれていた。)を購入し使用していたが、流石に電卓に毛が生えた程度のものでは飽きてしまい使用しなくなってしまった。
時代は「DOS/V」パソコン期
「DOS/V」とは、1990年に日本IBM が開発したOSでPC/AT互換機で日本語を扱うことが出来たので日本において広く普及した。
このDOS/Vマシン普及のおかげでパソコンの価格は下がり始め、またインターネットの普及とともに一般的にも普及し始めた。今まではNECのパソコンが単独トップの座でいたが、DOS/Vマシンによりトップの座を明け渡す事となった。
この頃のOSは基本マイクロソフトの「MS-DOS」だったのでDOS/Vマシンであれば互換性が高いので購入の際、選択肢は多かった。とはいえ、NECの人気は高く価格も他機種に比べ高価だったので私には購入できなかった。
NECとDOS/Vマシンをミックスさせた様なパソコンを「セイコーエプソン」からそこそこ低価格で発売していたので、エプソンのパソコンを購入し使用していた。
「DOS」は主にファイル操作の操作をコマンドを打って行う。
Windowsの様に視覚的操作は難しいが、コンピューターを学ぶ上では勉強になった。
外付けハードディスクにファイルやソフトをインストールしておき、自分でDOSコマンドを駆使してメニュー画面等作ったりし、意外に楽しく学ぶ事が出来た。
パソコンとインターネット
この頃のインターネットの普及はすごかった。
インターネットが普及し始めた頃、電話回線を利用してネットに繋いでいた。
流石に電話回線でのネットサーフィンは無茶苦茶遅く、電話代も嵩むので長時間の仕様は出来なかった。
そのうち電話回線でのネット接続が終わり、電柱から引き込む独自回線でのネットに変わったがまだまだ遅かった。とは言え、電話回線よりは全然早いし快適だった。
現在では、1Gやそれ以上の速さで「Wi-Fi」も使え、スマホや電気機器もネットに繋がれ、当時から思うととても考えられない世界です。それに伴い、悪い事にも使われているのでそれなりにセキュリティを強化したり注意が必要です。
自作パソコンに挑む
時代がDOS/Vマシンだったので、PCのパーツは容易に入手可能になり自分が思い浮かべたパソコンを作ることが可能になった。
OSもMS-DOSから「Windows」へと変わり、パソコンはより一層身近なものとなった。
自作PCを何台か作ったが、スペック的には特に申し分は無いが、本体は大きく場所を取り音は大きく熱を持ち見た目もゴツいのでいつの間にか市販品を使用するようになった。
自作PCの場合は、新しいパーツや追加パーツ等が容易に出来るので自作品と言うこともあり確かに楽しい。でもスペックを強化しようとしても流石に限界があるので、省スペースでデザイン的にも良く、静かでハイスペックな市販品を購入することにした。
市販パソコンを購入することに
最近のパソコンはホントに良くなった。
以前使っていたパソコン(NEC VALUESTAR)の調子が悪くなってきたので新たにパソコンを購入することにした。
以前のパソコンは購入してから8~9年位使用し、起動時間は10分から20分かかり動作は重く遅い。使っていると其内固まってしまう事も屢々で流石にやばいと思い新たに購入を決めた。
新たに購入したパソコンは富士通の「ESPRIMO WF-X/E2」「FMVWE2FXU」です。
購入の決め手になったのはコンパクトでありながら画面が4K27㌅、Hi-Resサウンド対応、最新のCPUとSSD使用、セミオーダーで価格は若干張ったが、割引クーポンあり見積もりも出せて良かったと思います。かなり満足行く、いい買い物をしたと思います。
このパソコンはSSD使用の為、起動時間は30~35秒と以前のパソコンと比べると無茶苦茶快適でストレスは全く感じていません。
パソコンを交換(設置完了)後、1週間位で古いパソコンは起動不可となりクラッシュしてしまいました。
おそらくハードディスク(Cドライブ)が壊れたと思います。「タイミング的に良い時に購入した」と、自分なりの納得でホッとしつつ満足しています。
自作パソコンは一長一短ありますが、価格面やスペック、使い勝手等自分が納得できれば市販品のほうが間違いは無いと思います。それなりの保証も付き、何より安心できます。
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